38.ナノバイオロジー・分子ロボティクス・バイオセンサ
市場概要
20世紀後半にDNA(デオキシリボ核酸; deoxyribonucleic acid)が生物の根源であるとの結論に至り、ナノメーターサイズの蛋白質、DNAなどの生体高分子、ミトコンドリアなどの細胞内小器官(オルガネラ)や生体膜等の微細構造やその機能を研究する「ナノバイオロジー」という学問領域が登場した。近年この分野では「初期のウイルス感染を察知して迅速な免疫活動を誘導する因子:RIG-I(Retinoic acid Inducible Gene-I)の機能解明」や「細胞内に存在する微小管の局所構造欠陥の自己修復過程の解明」などの研究がなされ、生体の様々な生理現象や疾患の解明に役立っている。
ナノバイオロジ―研究を応用した「ナノバイオテクノロジー」は、化学領域の「ナノテクノロジー」にナノバイオロジーの知見(例えば生体分子のもつ自己組織化能(Self-organization)や分子識別能(Molecular-recognition))を加えた分野であり、「分子ロボティクス(分子ロボット工学)」や「バイオセンサ」の研究は一般にこの「ナノバイオテクノロジー」分野に属する。
2010年頃に発案された「分子ロボティクス」は、ナノバイオテクノロジーにロボット工学的発想を加えた研究分野である。従来の機械によるロボット工学は材料を設計図の情報に従ってパーツごとに加工し、組み立てることで望みのものを得るトップダウンのアプローチになっているが、これとは逆に分子ロボティクスは、物質を構成する分子に”仕組み”を組み込むことで望みのものに自己組織化するボトムアップのアプローチによって微細なロボット作製を目指す。分子を設計・合成する化学に加え、物理学のロボット工学の方法論を導入してシステム化することで、分子ロボティクスはプログラム可能な人工分子システム(分子ロボット)の実現を狙っている。
現在注目されている分子ロボティクス研究に「DNAオリガミ(DNA折り紙、DNA origami)」というナノ構造体デバイスがある。これは2006年カリフォルニア工科大学のPaul Wilhelm Karl Rothemund教授らが最初に発表したもので、発想の根底には1991年にニューヨーク大学のNadrian C. Seeman教授らが提案した、DNAが自己集合により二重らせんを組む性質を利用するDNAの立方体(Seemanの立方体)の考え方がある。DNAオリガミは、一本の「長いDNA(~7000塩基)」と、複数本の「長いDNA上の特定の位置と結合する、短いDNA(多くは32塩基)」を混ぜて加熱・冷却することで長いDNAを折り畳ませ信頼性高く望みの構造(たとえば一辺が数10~100nmほどの大きな四角形の平面)を作る研究である。短いDNAに予め所望の分子修飾をすることで、つくられた構造の好きな位置に分子が配置できる。近年、スイッチ分子を導入し構造変化を起こしたり、構造上に分子が移動する分子レールを敷いたりと、DNAオリガミは様々な修飾が行われており、今後の分子ロボティクスへの利用が注目されている。
近年は再生医療の発展などに伴い、「特定の細胞の、どの部分で、どのような遺伝子や分子が働いているのか」、「特定の細胞から、どのような分子が、どれだけ分泌されているのか」を解析する技術が求められるようになった。しかしこれらの分子の数は少ないため、従来検出方法は分子の数を増やす以外になく、またタンパクなど遺伝子発現の下流の物質に至っては増やすことも難しいため、検出は困難であった。そこで関西大学の葛谷明紀准教授らは、ペンチ型のDNAオリガミデバイスを利用してこの課題に取り組んでいる。「分子識別能を持つ素材(検出したい目的分子に相互作用する分子・リガンド)」をペンチ型のDNAオリガミデバイスのレバーとなる部分に組み込んでおくことで、目的分子の検出をDNAオリガミデバイスの構造変化で検出しており、検出対象として最小の水素イオンの検出にも成功している。この手法は目的分子の検出をバイオ物質の変化で感知・検出する「バイオセンサ」と呼ばれる。バイオ物質としてDNA以外に酵素や微生物を利用するバイオセンサもあり、生体情報の取得をするデバイスへ活用されつつある。
昨今健康への高まりや糖尿病治療の観点から、患者自身が血糖値を持続的に把握するシステムは需要が高まっているが、皮下にセンサを埋め込むため幾ばくかは体を傷つけることが必要であった。名古屋大学の新津葵一准教授は2018年コンタクトレンズ型の「発電・センシング一体型血糖センサ」の開発を報告し、注目されている。これは酵素を活用したバイオセンサで外部からの給電不要なセンサとして世界最小クラスという。グルコース発電素子が電力源とバイオセンサ(トランスデューサ)の両方の役割を担うことで発電とセンシングの一体化が可能となっている。コンタクトレンズの装着という低侵襲性で持続的測定ができ、より多くの人が簡便に自身の血糖値を把握可能になると期待される。
このように、ナノバイオロジー・分子ロボティクス・バイオセンサの分野は物質の最小単位である分子のメカニズムを把握し制御することで、これまでの限界を超える製品や全く新しい機能を提供していくであろう。
主な技術要素
ゲノム解析装置(シーケンサー)、ゲノム編集技術(クリスパーキャス:CRISPR/Cas)、遺伝子治療、再生医療、体内代謝制御、バイオ医薬品、バイオ新素材(人工クモ糸、ゴム原料)、バイオ燃料、iPS、合成生物学、個別化医療、ナノ構造体デバイス、など